希望はどこにあるか

クリスマスは「希望の時期」と言われていますが、コロナウイルス 、自然災害、経済的困難、家庭問題などなどの中で、希望はどこに見つかれるでしょうか。ご家族、政府、医学に、ある程度の助けを期待できるでしょうが、それぞれに限界があります。

聖書にクリスマスの意味を描く箇所の1つに、以下の言葉があります。

闇の中を歩んでいた民は大きな光を見る。

死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が輝く。」(イザヤ書9:2)

この「光」は、希望・愛・喜び・いのち・救いを意味しています。どれほど暗いところにいても、それでも輝く光、死よりも強い光のことです。このような光が本当にあるのなら、誰でも見てみたいではないかと思います。しかし、この希望の光は一体どこにあるのでしょうか。

以上の聖書箇所の続きで驚くべきことが書かれています。

「ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。

そうです。不思議に思うでしょうが、その光は曖昧な力などではなく、人です。貧しい家庭に、抑圧されていた国で生まれた赤ちゃんなのです。でも、普通の赤ちゃんではありません。この赤ちゃんは以上の聖書箇所の続きで「力ある神」「平和の君」と呼ばれています。この子こそイエス・キリストです。この世界に希望をもたらすため、天国から降り、人間として生まれてきました。ということは、神様はこの暗闇に陥った世界を見捨てたわけではなく、むしろ、私達の暗闇・悲しみ・悩みの真中に入って、自分の身において経験しました。このイエス・キリストこそ、私達のすべての苦しみを共感し、すべての重荷をともに担い、どんなに暗い状態の中でも、希望の光を照らすことができるお方です。平安と喜びと導きを与えてくださるお方です。

いずみ教会に通っている人の1人は、3年前に初めて教会に来て、興味が出て、聖書を読み始めました。この人はこういう風に言いました。「聖書を読むことは光に向かって歩くことのようです。」もう1人いずみ教会に通う人がイエス・キリストに出会ったことについてこう話しました。「私は生きる希望を見出したのです。」

皆さんも今年のクリスマス、この希望について聞いてみませんか。

この文章はいずみ教会のジョン牧師による